※なんでも許せる方向け
※オリキャラ注意
※微ホラー注意
※誤字脱字・二人称のミス有りの可能性
見つけた人ごめんなさい
※原作185話(先加入前)までの内容を含めます
原作未読の方はジャンプ+へ
ある春の日のこと。お花の蜜大学附属高等学校の屋上は今日も様々な少女たちで賑わっていた。
無邪気に走り回る者や、優雅にお茶を嗜む者、或いはケツバットに勤しむ者など多岐にわたり、各々が自由に、そして慈しむようにその時間を過ごしていた。そんな空間の中には教科書を音読する者もいた。彼女はサイズの合わない大きめの丸メガネをかけ、三つ編みと膝丈スカートの制服姿と典型的な委員長スタイルに身を包み、一生懸命に英語を読み上げていた。
「When the boy opened the door, the man inside was licking sweet manju, paste from his lips…」
伊院知与は丁寧にゆっくりと英語を読み上げる。
くるくるくるくる…
聞こえてきた明らかな異音。それはかすかな小さい音ではあったがそれでもはっきりと知与の耳に届いた。
「まんじゅう!?」
大声のした方に振り返ると、そこにいたのは知与の2つ上の先輩、
ヘッドホンとフードでダウナーな雰囲気を醸し出すクールなロック少女、原賀胡桃であった。
「わわっ!聞いていたんですかぁ!?」
「まんじゅうはどこだーーーッ!!!」
見た目とは裏腹に獰猛な声を上げて訴える胡桃。知与の英文から饅頭を連想してしまった。
「こ、こんな時に恋太郎さんがいてくれたら…!」
彼女らの恋人、愛城恋太郎はいつものごとく先生の手伝いで不在にしていた。
このままでは暴れ回る先輩を抑えられない…!と焦る知与。
その時、
「ヘイ胡桃ガール!アイアムはジャストナウにジャパニーズマンジューがマイハンドにインデーース!!」
独自の言語を話しながらハイテンションで駆け付けたのはお花の蜜高校の国語教師、ナディーであった。
「ヤクグラウンドロリータからもらったジャパニーズマンジュー、ユーにプレゼントデース」
「おいひぃぃ~~~~!」
エメラルド色の瞳を輝かせ、ゆっくりと饅頭を頬張る胡桃。どうやら嵐は去っていったようだ。
「よかったデース」
「ナディー先生…!ありがとうございます。」
「これくらいのこと、サンキューはファッキューデース!」
「ノーサンキューじゃダメだったんですか?」
知与のツッコミをよそに胡桃が饅頭を食べ終わる。
「ごめんな知与…あたしったらまた」
「いいんですよ!お気になさらず」
優しく微笑む知与。いたたまれない気持ちになった胡桃はすかさず話題を変える。
「あ…『まんじゅうこわい』の英訳版読んでたんだな。懐かしいよ。あたしもやった。」
知与が持っていた教科書に目を向ける。
「はい。音読のテストが近いので、練習していたんです。」
「『ホラーマンジュー』ならアイアムもノウデース!ハウスのスタディでインプットしマーした」
はたしてナディー語の使い方はこれで合っているのだろうか?
文法という型が無い、まさにフリーダムな語感である。書いてて不安しかない。
「ドサクサに紛れて作者の感想入れんなよ」
胡桃がツッコむ。
「そう言えば胡桃先輩、最近物騒な噂が流れているのはご存知ですか?」
知与はふと思い出し胡桃に尋ねた。
物騒…?確かにウチの高校にはディープキスを狙う恐ろしい妖怪が住み着いているのを聞いたことがあるが、だとすると最近なんて言い方はしないだろう、と胡桃は考える。
「いや知らん。何かあったのか?」
「上級生たちが気絶している事件が多発しているそうです。場所もバラバラなのに立て続けに3件もあったそうですよ。」
「アイアムもリッスンしたデース…ティーチャートークでは『ノープロブレム』とチェックされましたが…アイアムはリトルホラーデース」
「…職員会議でも話題になったけど『事件性なし』と判断されたんですね。」
「オーイエス!」
知与にナディー語を翻訳するスキルがあって助かったな、と胡桃は安堵の息をついた。
「気になりますね、その事件。」
教室に戻った胡桃はぶっきらぼうに話しかけてくる少女と邂逅する。
といってもその少女とはもちろん、胡桃と同じクラスで隣の机に着席していた生粋の感触フェチ、茂見紅葉であった。
紅葉はお気に入りのONE PIECEのナミのおっ●いマウスパッドに顔の横半分を埋めたままこちらを向いた。
「…なんのだよ」
同じくぶっきらぼうに返す胡桃。立ったまま応えるので座った紅葉を見下す形となり、余計に辛辣な雰囲気を醸し出していた。
「聞いたんですよあなた達の会話を。立て続けに3件、バラバラの場所で人が気絶している所が見つかったんですってね。」
「盗み聞きしやがって。まぁ確かに物騒だよな。こういうのとは無関係な学校だと思っていたけどさ。」
「こういうのとは?」
「いや…ケンカだよケンカ!人が気絶して倒れてるなんてどう考えてもそこでなにかしらのケンカがあったとしか思えねぇ!紅葉もそう思うだろ」
「ふぅん…紅葉の予想は異なります」
眉を寄せる紅葉。胡桃も椅子に座り紅葉と向き合う。
「じゃ、紅葉はどう解釈するんだよ」
「そもそも、3件の事件は不自然なんですよ。バラバラの場所なのに時間帯は全て放課後、しかも17時から18時の間に起こっていました。」
「詳しいな!」
ていうかこいつはそもそもこの事件を追っていたのか?何のために?
疑問が湧いてくる胡桃。続けて紅葉がまくしたてるように話す。
「1人目は3年男子、2人目は2年女子、そして3人目は清掃員のおじさんが標的になったそうです。意図は分かりませんが事件性が無いとは思えません。きっと裏があるはずです。」
「…そりゃ結構なことだけどよ、なんでだよ?」
「はい?」
気の抜けた返事を返す。胡桃は少し声色を強め尋ねた。
「なんでお前が首をつっこもうとしてるんだ?本当に事件だったらどうする。お前が狙われるかもしれないんだぞ」
「そうですね。でも、もし、次の標的が恋太郎さんだったら、紅葉はここで行動しなかったことを死ぬほど後悔すると思います。」
その言葉を聞いてハッとした。胡桃は『最悪』を心の中で想像した。
この学校で起きていることならば、恋太郎先輩と無関係ではないかもしれない…
「…あの超人(ひと)がそう簡単に気を失うとは思えねぇけどな」
強がりで発したその言葉は、昼休み終了のチャイムにかき消されていった。
放課後、紅葉は半ば無理やり胡桃を連れて保健室を訪れた。そこは第1の事件、3年男子が気絶していたとされる犯行現場であった。事件(紅葉が勝手に事件ということにしている)の被害者である3年帰宅部「今殻火得男 (いまからかえるお)」は17時11分頃に鼻血を止めるガーゼを受け取りに保健室へ入った。その後保健室の先生が倒れた彼を発見したのは17時23分だったという。
「ちょうど犯行の時間にナディー先生が保健室の先生を見ているのでアリバイがありますね。犯人は保健室の先生ではないでしょう」
「勝手に調査しやがって…」
不満をたらたらとこぼす胡桃。言いながら紅葉についていくのは昼休みの会話が
胸のどこかで引っかかっているからだと彼女自身も理解していた。
『もし、次の標的が恋太郎さんだったら、紅葉はここで行動しなかったことを死ぬほど後悔すると思います。』
紅葉の言葉が頭の中を巡る。そんな話聞かされたらじっとしてなんかいられないじゃん…!
「次の犯行現場に向かいましょう。2人目は音楽室、3人目は1階の男子トイレでした。なので、ここからは手分けして調査しましょう。紅葉は音楽室に向かいますのでーー」
「行けってか!!あたしに男子トイレに向かえってか!?」
結果として証拠らしい証拠は何も見つからなかった。
男子トイレの方は恋太郎に頼み、隅から隅まで見てもらったが、人が争ったり、何かが起こった形跡のようなものは何もなかったという。
「元々1階の端にあるトイレですからね。誰かが使うイメージがないからこそ、証拠が残されていると思っていたのですが…恋太郎さんが無いというならばきっとなにも無かったのでしょう」
もみもみもみ。
「…なぁ紅葉よ。やっぱりただの偶然で事件なんて無かったんじゃないのか?」
もみもみもみもみ。
二人は一旦自分たちのクラスの教室に戻ってきた。
「それが一番最適で安心な結論なんですがね。でも人が倒れていたのは確かなんですし、その理由を確かにしないとスッキリしませんよ」
もみもみもみもみもみ。
「………だからってあたしの胸でストレス発散しないでくれるかな~~~~~」
もみもみもみもみもみもみもみもみもみ。
紅葉は推理しながら胡桃の胸を揉んでいた。いや、揉みながら推理していたとも言えるし、そうでないとも言えるだろうーー
「今日は調査で歩き回ったので。もみルギー補給しないと頭が回転しないのです。」
「あたしで補給すんな!!理事長サマんとこに行け!!!」
誰もいない放課後の教室に乙女の尊厳を破壊されつつある少女の悲しい怒号が響いた。
後日。灰尾凛の紹介で2人目の被害者の話を聞くことができた。
「わたくしのお友達の詩織輝螺(しおりきあら)さんですわ。みなさん親しみを込めて『オリキャラちゃん』と呼んでいますわ~」
「は、はじめまして…」
「清々しい名前だなオイ」
「おや…?どこかで見たことあると思えば女子バドミントン部の」
「え!わ、私を知ってるんですか…!?」
「お名前は今知ったのです。マッサージさせていただいただけなので。」
「噓…!そんな素敵なことをしてもらったのに覚えていないなんて…!私ったら最低です!」
「いやコイツの場合記憶消えるのはマッサージのせいだから」
「紅葉は揉めればいいのです」
女子中学生4人の会話は続く。
「うう…やっぱり私変なんですよ…あの日のことだって何も思い出せないですし」
「あの日?」
「音楽室で倒れていた日のことですわ」
詩織輝螺、通称オリキャラは忘れ物を、音楽の教科書を取りに放課後に音楽室に訪れていた。そしてそこで「何か」が起こり、気絶してしまったという。
その際、音楽の先生から鍵を借りていたので、それ以前の人の出入は1~2時間は無かったという。
「そもそも部屋に誰かいたら先生が鍵かけねーだろ」
「そのとおりなのです」
「私そそう思ってて…でもそこで何があったのか本当に思い出せないんですよ。」
気まずい沈黙が流れる。これ以上の情報は得られないか…と胡桃があきらめかけたその時、
「『何が』あなたを気絶させたかはわかりませんが、『何故』気絶したかはわかるかもしれません」
紅葉は唐突にそう言った。
「「「え?」」」
驚く三人。すると紅葉はオリキャラの背後に音もなく回り込みーー
「失礼します。あそーれもみもみ」
「ふにゃっっっ!?!?き、気持ちいいいいい~~~~!♡!♡!♡!♡!」
「なっ何やってんだーーーッ!!!」
突然オリキャラの頭を揉みしだく紅葉。オリキャラは感じたことのない快楽の嵐の如き頭皮マッサージを受け、得も言われぬ蕩けた顔を見せた。
「ふむ…瘤(こぶ)のようなものが見つからないということは頭を打った衝撃で記憶を失ったわけではなさそうなのです。おや?この凝りかたはもしや…?」
「はにゃあぁぁぁぁぁ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」
「やっ…やめろぉー紅葉ぃーー!なんか人にお見せできないお顔しちゃってる!!オリキャラちゃん気持ち良すぎて白目向きかけてる!!!」
「脳ミソいじくりまわされてる被検体みたいでバイオレンすわ~~~~!!♡♡」
「通常運転だなおめーは!!!」
怒涛の頭皮攻めを終えた紅葉は満足そうであった。
「わかりましたよ。オリキャラさんは驚いた衝撃で気を失ったのです。それも恐怖を対象としたものです。」
「なんだって?おどかされただけだったってのか…?」
「はい。頭に外傷のようなものがありませんでしたし、何より、つむじから右斜めに親指幅4本分離れた場所に存在する『感情のツボ』がやや左に凝り固まっていました。これは恐怖によるショックから心を守るための凝りかたです。」
「何それ!?」
※このツボはフィクションです
「おそらく心が壊れかけるほどの『恐怖』と『衝撃』だったのでしょう。心を守るために気を失ったのでしょうね。」
「なるほど…自衛のセキュリティが発動したってことなのか…!?」
なるほど、と口に出した割には紅葉の言うことを鵜吞みにしていいものか、と胡桃は眉をひそめる。
「お…思いらしました…♡♡」
「オリキャラさん!」
「マジか!?何があったかわかるか!?」
「蛇です…大人よりも大きな…巨大な蛇が音楽室に…!!」
「ハァ?」
「それはそれは」
「ミステリアすわ~~~~!!」
調査の結論から言うと3人とも恐怖による衝撃で気を失ったことが発覚した。
1人目の今殻火得男は教頭先生を、2人目の詩織輝螺は巨大な蛇を、3人目の綺令杉芳造
(きれいすぎ よしぞう)は死んだ父を見て気絶したということだった。
オリキャラから話を聞いてからさらに数日経ち、くるもみは屋上に座っていた。
「謎い」
胡桃が気だるげに呟く。その瞳の下にはクマができており寝不足であることを表していた。
「なんですかそれ」
「造語だ 忘れろ」
「しかし困ったのです~~本来中学校の校舎には来ることのない教頭先生が保健室に現れたり、巨大な蛇が出現したり、果てには死んだ人まで蘇ってしまったのです~~」
紅葉は唇を尖らせる。
「聞けば聞くほど何が起きていたのか分かりません~~こんなのまるで…」
「メルヘンですか?」
そこに現れたのは若き絵本作家にして世界に絶望した少女、雪房田夢留先輩だった。
「いるはずの無い人、存在するはずのない生物など、まるでメルヘンです」
「いや…夢留先輩、あたしたちのしてる話ってそんな感じじゃ」
「メル先輩って語感がメルヘンみたいですね。今度からメルヘン輩とお呼びしても?」
「構いませんが…」
「今かんけーあるかそれ!?」
夢留は腰を下ろし二人の隣に座る。
「まね妖怪ボガートを知っていますか?」
「紅葉は知らないのです」
「ハリポタに出てくるあれだろ、対象の恐ろしいものに化けて驚かせる魔法生物…」
「はい。3人とも恐怖によって気絶していたということは、彼らにとって『見たもの』はそれだけ恐ろしいと感じるものだったのではないでしょうか?」
その時胡桃に電流疾走る。一呼吸置き、胡桃はゆっくりと口を開く。
「アンタッ…まさか今回の事件はそいつが犯人だっていうんじゃねーだろうな!!!あんなのそれこそメルヘンだろ!!存在しないだろ!!!常識的に考えて!!!」
夢留は顔をピクリとも動かさず、吸い込まれそうな程に黒く染まった瞳で胡桃を見つめて答えた。
「ですが現状、存在するはずのない存在が脅かしているのでしょう?それに…」
「「それに…?」」
「常識なら原作130話で恋太郎さんと一緒に爆散したと聞きましたが。」
「いやアニメ化決定で屋上から飛んだけども!!!!!」
その日の夕方、紅葉は1人で事件性のありそうな部屋を見て回っていた。
(存在するはずのない存在、ですか…)
これまでに事件は全て、誰もいない閉ざされた空間で起きていた。よってもし次があるならば同じ構造の部屋で起きるだろうと踏んでいた。紅葉は家庭科室を訪れていた。
(まね妖怪…もし本当にそんな存在がいるのだとしたら)
それは理から外れたモノ。この世に存在してはならぬ御伽話のはぐれ者。
(ぜひ揉ませて欲しいのです…!!)
シリアスやことは気にせず紅葉はいつも通りだった。
むにゅん。
その時、ふと手に柔らかな感触が触れる。家庭科室にあるものとは思えぬゴム毬のような感触。違和感を感じた紅葉がその手を見ると
手が
無かった
「『ヨセモノ』の伝説をご存知ですか?」
夢留は胡桃におとぎ話を娘に読み聞かせる母親のような優しい口調で語る。
「し…知らない」
「日本に伝わる妖怪の類いです。まぁ、そのルーツは海外からやってきたそうですが…『ヨセモノ』ではなく元は『ヨソモノ』と呼ばれていたそうです」
夢留は淡々と語る。
「故に、こちらの人々と仲良くなりたかったのか…ヨセモノは自らの姿を化ける力を手にしました。しかし、 ヨセモノが化けるものは人々が怖がるものばかり。彼らはヨセモノを忌み嫌いました。」
その瞳には彼女の悲しみと絶望を写していた。
「『余所者』から『寄せる者』となった『それ』は、自身を受け入れなかった人々を憎み、人を襲うようになったと言われています。」
「それって…」
「はい。まね妖怪ボガートに酷似しているとは思いませんか?そうそう、ヨセモノは化けるだけでなく、人を化かす力も得ているとか」
「あ…あたしやっぱり紅葉のこと探してくるよっ!」
胡桃は急いで屋上を飛び出た。その顔には不安と焦りが滲みでていた。
「おやおや…?まさか、本当に…?」
「なぁっんじゃこりぁあああああああああああああああ!!!!!!!!!」
家庭科室に絶望の叫びが響く。 茂見紅葉は自らの手元を見て驚愕した。手が無いのである。いや、正しくは手のある部分がゴムまりのようになってしまい、指という指が存在していなかった。
「野比のび太みたいな名前ですがドラえもんみたいな手になるのは嫌ですぅ!!!!」
自身の手の構造が誰もがご存知の国民的なフォルムに変化した状況に、理解が追いついていなかった。
「このままでは紅葉は…もう…誰も…揉めないのですか…!?」
恐怖。揉めないという恐怖。指の感覚が消える恐怖。
それは己のアイデンティティ。己の存在価値。
人を幸せにする手段。そして、彼女の誇りそのもの。
それらが一瞬で泡のように消え、紅葉の額には夥しい脂汗が滲んでいた。
「うっうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
完全なパニックに陥っていたその時、聞き覚えのある声が聞こえる。
「紅葉ちゃん」
彼の声。
私のためにいつもアトムってくれる、最愛の彼の声が
「紅葉ちゃン、もウマッサあジできないンだねェ」
「…ッッ!?」
それは恋太郎さんの姿をした『何か』。恋太郎さんではない『何か』。
「ま、まだ紅葉はマッサージできるのです、おでこあんまも使えるのです」
「そンなのじゃァ満zoクでキ無いな」
「そうソウ」
「残ネン残ネン」
気づくと辺りは今までにマッサージした運動部のみなさんと恋太郎さんに囲まれていた。
「あ…あ…嫌ッ、いやなのです」
「「嫌なのワこっチィィィィィィィ」」
「「「あーあ、残ネン残ネン。」」」
取り囲む怨嗟の声。紅葉はその渦の真ん中で耳を塞ぐことしかできなかった。
しかし、丸い手がそれをうまくさせてくれない。
紅葉は隙間から入りくる恨み節にただただ恐怖するしかなかった。
「あ、ああ…」
「「「「「ジャア、オ前ハモウイラナイ子ダナ。」」」」」
「あ”」
「紅葉ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!」
バァン!と開け放たれる扉。絶叫を聞きつけた胡桃が鬼の形相で駆け込んできた。
「なにしてんだよてめぇら!!あたしの友達をはなしやがれ!!」
「く、るみさん…」
倒れこむ紅葉を抱きかかえる胡桃。その時、周りの人は消え、最初に現れた恋太郎もどきだけになっていた。しかし、その『何か』は激しいノイズを鳴らし、自らの形を保てないでいた。
「なんだあれ…恋太郎先輩じゃない、よな?」
「あの人ならああなりかねませんが、今回は違うようです」
「ほ…ほんとにヨセモノだってのかよ…」
しかし胡桃が来てから様子がおかしいことに気づく。
「しかし何です?胡桃さんが来てくれてから、あれの様子が…」
「ああ。きっとあたしたちが2人いることでどちらの『恐怖の対象』に化ければいいのかわかんなくなってんだよ。」
「オ”、オ”、オ”、オ”、オ”、オ”、ヴァヴァ、ヴァ、ヴァ」
身の毛もよだつような不快なノイズ。しかしそれは形を崩しながらもその場にとどまっている。
「今だよ紅葉逃げるよッ!」
「いやなのです!」
「ハァ!?」
紅葉の手を掴む胡桃。胡桃の袖を握る紅葉。
「こ、ここで逃げたらヤツはまたどこかで事件を起こすのです!そうなる前に…!今ここで捕まえるのです!」
「ふざけんじゃねぇ!お前今自分がなにされたのかわかってんのか!?」
袖を握る紅葉は震えていた。その様子と対照的に紅葉の瞳は力強い光に満ちていた。
「紅葉に作戦があるのです。ヤツは『恐怖の対象』に化けるのですよね?」
「ああ。夢留先輩の予想通りならそうなる。」
「では二人が『同じもの』を恐れていたら…ヤツの形は安定するのではないでしょうか?」
「そうかもしれねーけど…だ、だからって」
「胡桃さん、『What are you scared of?』
(あなたは何がこわい?)」
「ッ…!!」
胡桃にその日二度目の電流疾走る。その台詞は2年前の今頃に散々練習したフレーズ。一呼吸置き、胡桃はゆっくりと口を開く。
そして二人は丁寧に息を合わせて英語を読み上げた。
「「I'm scared of sweet manju!!!」
(あま〜いまんじゅうがこわい!!!)」
そう宣言すると、それはボンッ!と音を立てひとつの饅頭となり床に落ちた。
「はぁ…!」
「なんとかうまくいきましたね。沈静化成功なのです」
紅葉は饅頭となったそれを拾い上げる。
「お、おい…あんまさわんなよ…」
「ご安心を。3秒ルールなのです。」
胡桃にその日三度目の電流…ではなく大声が出る。
「お前食うのか!?それを!?饅頭とはいえ元はバケモンなんだぞ!!!!!」
「ですがこれ以外に対処法が思いつかないのです」
「やっ…やめろぉーーーー!!!!!」
くるくるくるくる…
聞こえてきた明らかな異音。それはかすかな小さい音ではあったがそれでもはっきりとーーー
「で、二人ではんぶんこして食べたと?」
雪房田夢留先輩は二人の話を屋上で興味深々に聞いていた。
「だってよ…お、美味しそうに見えたから…」
「何ともお二人らしい、実にメルヘンな解決方法です」
先輩はまっすぐにこちらを見つめて応える。多分嫌味とかじゃなく本心でそう思ってんだろうなぁ…と胡桃は複雑な気持ちになる。
「あれから身体に問題はないよ。楠莉に看て貰ったけど二人とも異常なしだって。…まぁあの人は医者じゃないけどさ。羽々里には黙っててくれよ?金持ちパワーでどんな治療施設に連れていかれるかわかんねぇから…」
「ふふっ、了解いたしました。」
そう、これは乙女の秘密。こんな無茶したこと、恋太郎先輩が知ったら心配してくれるかな、それとも怒ってくれるかな。
でもごめん。これだけはあたしと紅葉と…その他数人だけの秘密にしておきたいんだ。
「それと…すみませんでした。」
夢留先輩が深々と頭を下げる。
「は!?な、なに、なんで?」
「私が冗談交じりにヨセモノの話をしてしまったが故にお二人に余計な恐怖を与えてしまったと思い、申し訳なくて」
あんな話をした以上、自分も当事者になったのに、何もしてやれなかった、と先輩は謝った。
「や、やめてよ!夢留先輩のおかげで助かったようなもんだし!」
「謝られるとこっちも申し訳なくなるのです」
もみもみ。
「ですが…そうだとしても謝らせて下さい。」
夢留先輩は頭を上げると微笑みながら優しい声色で話始めた。
「それと…ついでに私の見解を申しても?」
「な、なんだよ…」
「きっとヨセモノは幸せに逝ったのではないでしょうか。だって、胡桃さんは美味しそうに食事をする方ですもの。ヨセモノは胡桃さんに愛されて逝ったのだと思いますよ。」
理解されたかった。そのための力だった。
しかしそれは人に忌み嫌われる力だった。
そんな化け物が最期に一人の少女に愛された。
(おいひぃぃ~~~~!)
「そ、そんなの…先輩が優しいからそんな風に感じるんだよっ。後から何とでも言えるじゃないか。」
「その通りですが、今あなたがたに異変が起きないことが証拠だと思いますね。そんな人智を超える存在が恨んで食べられたのなら、お二人は今頃どうなっていたことやら」
「こ、こえーこと言うなよぉ…」
「ふふふ、メルヘンですね」
「なのです」
もみもみもみ。
「それにしても、あの時胡桃さんが来てくれなければ私も危なかったです。本当にありがとうございました。」
もみもみもみもみもみもみ。
「だっ・かっ・らっ・さぁ〜〜〜〜〜〜〜〜」
もみもみもみもみもみもみもみもみもみもみ。
「本気で感謝してるならあたしの胸を揉むんじゃねえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
ファミリーのみんなで満ちた放課後の屋上に乙女の尊厳を破壊されつつある少女の叫びが空へ響いた。
※この物語はフィクションであり、実在の人物 団体 事件とは一切関係ありません。
※もし類似した怪異が存在していた場合、著者は一切の責任を負いません。